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2011年11月の記事

2011年11月29日 (火)

2011 イタリア秋旅(15) 生業(なりわい)

Pa251855                   この傘、いったい いくらなんだろう?(ミラノ ドゥオモ前)

雨天のときの商品は “折りたたみ

   でも 商談成立を見たことがない・・・

夏より元気がないように見えたけれど
人が集まるところに 必ずいる彼ら。

彼らの動きはなかなか興味深い

         商い中(フィレンツェ ドゥオモ横)
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         パトカー接近!撤収!

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         そして だれもいなくなった
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         待機中
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         そろそろいいかな・・・Pa241831
         再開準備 開始    手早い
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         なにごともなかったように商売再開
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ミラノ でも フィレンツェ でも

ドゥオモより 彼らを 撮っていたTraねこって モノズキ?

 

 

2011年11月27日 (日)

2011 イタリア秋旅(14) 立ち話

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町歩きの途中で よく見かける光景

・・・というか、よく探す光景

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この1シーンから
ほんの一部だけれど その町の生活がチラッと見える。

立ち話好きは なにも女性に限らない

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Pa170850                                      ときには座り込んで・・・

Pa191076                               ときには仕事中だって・・・

Pa180908                                        男も女も よくしゃべる

こんな光景、Traねこは けっこう好き

2011年11月23日 (水)

2011 イタリア秋旅(13) チヴィタ

 

Pa181046_2                     チヴィタ・ディ・バニョレージョ (Civita di Bagnoregio)

“天空の○○”好きなTraねこは この景観を見てみたかった

でも モンテプルチャーノからはちょっと距離がありそうだなぁ

地図で見ると、ローマからの方が近いし・・・
今回はムリかな、と思っていた。

しかし、この辺の時刻表を調べるうちに
朝早くモンテプルチャーノを出発すれば行けるかもしれない! と思うようになった。

で、まだ 暗いうちに

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モンテプルチャーノを 出発して
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行ってきた。

そして見た
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いままで こんな姿の村は見たことがない

  ギリシヤのメテオラも 切り立った岩山の上に建物が建っていたけれど
  あれは修道院であって 村ではない。

  それに、ここは頑丈な岩山でもない。




チヴィタ・ディ・バニョレージョに行く拠点は オルヴィエート。

夜明けとともに出発すれば
オルヴィエートには朝のうちに着くことができるけれど
ここからチヴィタ往復のバスの便がとても悪い。

ヘタをすると その日のうちにモンテプルチャーノに帰れず
オルヴィエート泊まりになってしまう

それはそれでいいプランでもあるけれど
今回の旅程では ちょっとまずい・・・

そこで今回は 時間をお金で買うことにして
オルヴィエートからチヴィタ往復の個人ガイドをお願いした。

彼女はチヴィタ出身・オルヴィエート在住で
実家は今もチヴィタにあるという。

イタリア語と英語オンリーのガイドさんなので
どこまで意思の疎通が図れるか・・・気まずい沈黙だけはしたくない
                             

朝のうちに Traねこオリジナルコース でオルヴィエートを軽く歩いた後 

ガイドさんと待ち合わせ チヴィタへ向かう

☆ 以下、「・・・・」のところは
  彼女の英語での話をTraねこの力(ヒアリング力)で意訳したものなので
  正確かどうかは・・・・自信ありません

この地方の土地は トゥーフォ(tufo) という崩れやすい凝灰岩から成り
チヴィタの大地も 今も風化・崩壊が進んでいる。

紀元前、エトルリア人がここに造った町は
こんな「天空の町」ではなかったはずだ、

その時代 ここは交易路の拠点だったというのだから

広大な渓谷の中に 孤立してそびえ立つチヴィタは
長い橋(300m)でバニョレージョの町 と結ばれている。
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この橋が唯一の村の出入り口で
車はこの橋のバニョレージョ側でSTOP

現在の橋以前には 木造の橋の時代があったけれど
その橋は第二次世界大戦で壊され
町は本当に陸の孤島となってしまい

病院も学校もなくなり 子供を持つ家庭の多くは
町を離れざるを得なくなったそうだ

町は少しずつ小さくなり 住む人も減っていった
彼女のお父さんも子供の教育のため 町を離れたそうな・・・

  そのお父さんは今ではチヴィタに戻り 「チヴィタの昔の生活ミュージアム」をやっており
  長兄はオリーブオイルを造っていた。
  バニョレージョの町にはおばあちゃんの家があり
  この地域は彼女の庭みたいなもののようだ。

  彼女の話は自分史の部分もあり、
  彼女がときに浮かべる表情は
  チヴィタの現状を正直に表しているようにも見えた。

  それはTraねこには 全然不快なものではなかった。

1990年代に入り チヴィタの特異な立地状況が注目を集めるようになると
観光客が訪れるようになった。

芸術家たちの村おこし的活動もあり
一度は村を出た住民たちの一部が戻ってきたりもした。

現在の村の中は いまにも崩れ落ちそうな外観とは違って

中心には予想していたより立派な教会と広場があり
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きれいに整備された道の両側には
手入れのいきとどいた石造りの家が並び、平和な中世の村の雰囲気。
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メインストリートを歩いていると
民家の庭先まで迫った切り立った崖を見る事はできず

こんな断崖絶壁の上の村に居るとは思えない。

しかし、ガイドさんの実家の庭のとっ先まで入れてもらうと
崖ギリギリのところまで生活空間が広がっていることがよく分かった。
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どこへ続くのか知らないけれど
村から下に向かって延びている道を発見

村にはB&Bもあったし

こんどはここに泊まって この辺りを歩いてみたら
また違う風景に出会えるだろう。

チヴィタの周囲の渓谷を見回すと
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他にも 切り立った崖の上に町(村?)があり
今にも崩れそうな崖の様子から

“危機的状況なのは チヴィタだけではないな?” と感じた。

帰りの列車の時刻を 気にする彼女だったが

自己責任で滞在時間を延ばし
次の列車に間に合うようオルヴィエートの駅まで送ってもらった。

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会いたかった町と会えた満足感を感じながら・・・
列車からの夕方風景をボーっと眺めながら・・・

キウィージの駅に着いたTraねこを 次なる運命が待っていた

 

2011年11月22日 (火)

2011 イタリア秋旅(12) 疾走バス

ヴェローナの に続き、またまた ネタ です

モンテプルチャーノに滞在中

に乗って
日帰りで ある町を訪ねた帰り道での できごと。

     ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

帰りの予定列車を一本遅らせたため
キウィージ駅で予定の に乗れず(←これは覚悟の上だった)

プリントアウトしていった時刻表を改めて見てみると・・・
あると思っていた便が「夏季運行便」だった

ということは・・・2時間待ちで最終バスか・・・

バス停には同じ運命の人が数人いた。

念のため、バス停に掲げられた時刻表を見たら・・・
発見!持参した時刻表には載っていない があった

これなら1時間15分待ちだ・・・ヨカッタ、ヨカッタ と その時は思った。

1時間10分後 待望のに乗り込んだとき・・・

<?>我々より前から モンテプルチャーノ行きのバス待ちをしていた女性が
    この がある事は分かっているのに乗ろうとしない。

<?>イタリア語を話すおじさん3人組が
     の運転手としきりと何か話していてなかなか乗ろうとしない。
    結局 乗ってきたけれどなんか不安げ。

<?>英語圏の数人のグループもなにやら相談してから乗り込んできた。

・・・なんかチガウ空気は感じたが

行き先は間違いなくモンテプルチャーノだし
辺りは暗くなり始めたし、待つのにも疲れていた。

いつも乗っているルートには記載されていないバスだけれど このままいこう!

バスは定時に発車した

キウィージの駅からモンテプルチャーノに行く の 最短ルートは

<キウィージ→(15分)→キャンチャーノ・テルメという温泉地→(30分)→
モンテプルチャーノ> 

途中の温泉地までは市街地をつなぐ広い道幅の道路を走る。

が、

発車したバスは どんどん暗い方向に向かい
10分後には道は次第に山道になってきた ・・・

こんな道、今まで通ったことない

辺りはすっかり暗くなり 曲がりくねった山道を バスは疾走する

バスの中では 

おじさん3人組の一人がスマートフォンらしきものを取り出し
電波状況が悪いのか しきりに窓にかざしながら現在位置を確認している

   そうよね、不安よね、どこを走っているのか知りたいよね・・・

周囲は、 道は完全に山岳道路だ おまけに 飛ばす飛ばす

真っ暗やみの山岳ドライブをすること20分(←現地ではもっと長く感じたよ

周りが少~し明るくなってきて 市街地っぽいところになってきた。



ん? なんか ここ見覚えある・・・!!!

  温泉街だ! 駅からスッとくれば15分で来られる所だ!

やがてバスは最初の停車。 
つまり 誰も乗り降りしない真っ暗闇を30分以上走り 続けていたわけだ.。

おじさん3人組 も 英語圏グループ も ここで下車。

 みんな降りちゃうのね・・・寂しいよ・・・なんか不安だよ

地元の若者が一人乗ってきて 乗客は3人。
ほどなくその若者が降りてしまうと 乗客は我々だけとなった。

この時点で キウィージ駅を出発して 既に40分経過
まっとうなルートなら そろそろモンテプルチャーノに着くころだ

専用車となったバスはそこからは見覚えのある道を通って
キウィージの駅を出発してから1時間10分後にモンテプルチャーノへ到着した。

最終バスに乗って来るよりは 20分くらい早く帰れたわけだけれど
どっちの方が良かったのか・・・少なくとも最終バスの方が不安要素 はなかったなぁ。

闇夜のドライブのおまけは
バスの中から見えた 次第に近づいてくるモンテプルチャーノの夜景 だけ

うちに戻って すぐに路線図で確認 したところ
山の中の村をいくつかグルッと回って温泉街へ出るルートだったらしい。

それにしても そのあと列車やバスに 乗り継ぐときでなくてヨカッタ~~

あ~~、田舎のバスはむずかしい、 さすがに  _ノフ○ グッタリ

      ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「闇夜の疾走バス」までは考えもしなかったけれど

1~2時間のバス待ちは覚悟してまで
帰りの予定列車に乗らず滞在時間を延ばした町とは・・・

2011年11月19日 (土)

2011 イタリア秋旅(11) 貴族の館

>駅>>駅> と列車を3本乗り継いだ日、

キウィージという駅からさらに に乗って45分、モンテプルチャーノに 着いた。

小高い丘の上にある 坂道だらけのこの町で
Traねこたちは一週間 暮らす ことにした。

  外出好きな人のライフスタイルだけれど・・・

モンテプルチャーノの宿は 中世の貴族の館。
外観はそのままに、中を現代的に改装したアパートメント。

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この[ 2LDK+家事室 ] の一週間のマイホームを拠点に
モンテプルチャーノはモチロン、近くの小さな村やオルチャ渓谷を
ユックリ訪ねようと企てた。

この企ては 大成功

  ベランダで 片手に目の前に広がる絵葉書のような風景を眺めたり
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  たっぷりランチだった日の夕食は キッチンで軽めにお醤油ベースの調理をしたり
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  寝室からキッチンに廊下を歩いて移動することが とても快適だと感じたり
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  リビングのソファーで イタリア語のTVを眺めながら夕寝したり
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  隣室(そこで生活をしている現地人)の出入りの音から生活者のリズムを感じたり
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  エトセトラ・・・・・

この町に朝から晩まで一日中いたのは たった一日だったけれど

あちこち遠征しているうちに
滞在中のアパートメントのことを いつしか 「うち」 と言っていた。

貴族の館で 貴族的生活ではなかったけれど
心身ともに自分のペースを取り戻す一週間だった
  

2011年11月17日 (木)

秋日和

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毎日こんな天気ならいいのに・・・と思うような日差しの一日

今日は何日?

11月第三木曜日、 ということは

ボジョレー・ヌヴォー(Beaujolais nouveau) 解禁日
Pb170091                                                        サトイモの認識が変わる一品 と

いつの間にか
 
「楽しき農夫」  じゃなくて

「楽しき農」になっていたA子さんのお宅にお邪魔して手料理を御馳走になる

サトイモ・ブロッコリー・ジャガイモ・インゲン・サラダホーレンソウ・ラディッシュ・ルッコラ

ショウガ・ミズナ・サツマイモ・チンゲンサイ えとせとら・・・お米だって作っちゃう w(゚o゚)w

料理の腕は 昔から折り紙つきだったけれど
こんどは材料まで自前調達だ

デザートのアップルパイも 
おしゃべりしながら ササッと焼いてしまう

食べ物にツラレテ のこのこ と(←って元来そんなもん)お邪魔したTraねこは
オイシイ&シアワセな時間を過ごさせていただき

丹精込めた野菜の数々がギッシリ詰まった袋を手に帰路についたのであった

ごちそうさまでした


明日は この新鮮ヤサイをおいしい料理に変身させるぞ!

2011年11月15日 (火)

2011 イタリア秋旅(10) イタリア鉄道

Pa150474                      イタリア鉄道 自慢の高速列車AV(アルタ・ヴェロチタ)

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ミラノからモンテプルチャーノへ移動する日、

3本の列車を乗り継いだ。 >駅>>駅>




高速列車AV(アルタ・ヴェロチタ)

別名 フレッチャ・ロッサ(赤い矢)と呼ばれるイタリア版新幹線AV に乗って
ミラノを出発した

赤い矢」は乗降口ステップも低く
1等車では 飲み物やスナックのサービスもあり快適々々

サービスをする乗務員は とてもフレンドリー(?)で
日本の新幹線乗務員を連想したら大マチガイ

赤い矢」が疾走するようになって
以前は2時間かかったミラノ→ボローニャ間 は1時間に短縮された。

ボローニャ→フィレンツェ間 はアペニン山脈越えの難所で
97㎞区間を1時間かかっていたのが

いまでは 40分弱に短縮。
でも ほとんどトンネルの中だった。

ほんの2年前くらいまで
3時間以上かかっていたミラノ→フィレンツェの移動が
いまは1時間45分でできてしまう

今日の最終目的地は モンテプルチャーノだけれど
赤い矢」はモンテプルチアーノの玄関口・キウィージには止まらないので

フィレンツェで乗り換える。

おまけに、「赤い矢」が到着したのは「フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェラ」駅。
キウィージに止まる列車が発車するのは「フィレンツェ・リフレディ」駅。

この2つの駅は 「東京」と「品川」のような位置関係 と思えばOK。




レジョナーレ(R)

フィレンツェ SMN →フィレンツェRIFR は
「赤い矢」とは対照的な レジョナーレ(R)というローカルな列車で 一駅

けっこう頻繁に発車しているので
そんなに混まないだろう と適当な時間の列車に

高いステップの乗降口から乗り込むと・・・

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地域住民の足なのか
生活臭あふれる車内は結構混んでいた。

降り口に近いボックスシートに座り
先客の地元っぽいおじさんに

「フィレンツェRIFRに行きますよね」と話しかけたところ

おじさんは、「行くよ」という返事から始まって
所要時間とか窓から見える眺めについて話し始めた。 

発車時間が迫ったころ

突然 切符を取りだすと慌ててホームに降りていった
あ~~、切符の刻印を忘れたな・・・
空っぽになったTraねこの前の席には
おじさんの荷物がそのまま置きっぱなし・・・

間に合うか、おじさん!!

周りの少年たちは刻印機のある場所を窓から指示している。

なんなのだ!この一体感は!!

みんなが応援する中、おじさんは無事刻印を済ませ戻ってきた
息を「ハーハー」させながら

列車は 間もなく発車した

Traねこの下車駅が近づき 次の停車駅を告げる車内放送が流れると

おじさんは 我がことのように「OK!」と嬉しそうにうなずき、
Traねこたちは 近くの降り口に向かおうとした・・・すると

おじさんはTraねこのキャリーを持ってドア近くまで運んでくれた。

  さすが イタリア男だね~
  周りも なんともホノボノとした 平和な空気に包まれていた・・・・

お礼を言っておじさんにはお引き取りいただき
降りる気満々で列車が止まるのを待っていたら・・・

列車がホームに差し掛からんとするころ
近くにいたおばさんがドアを指して何か言っている・・・

 「ん?なに?」

おばさん 「このドア、開かないよ!」

えっ  よく見るとドアにはチェーンみたいなものが掛かっている!

周囲の人は 「あっち、あっち」 と一車両向こうの降り口を指している!

え~~

しかし 走るしかない!(←しかも キャリーを引っぱりながら・・・)

ここで空気は一変した
 
  はたして この駅の停車時間は何分あるのだろうか・・・・

ここでも 一体感充満の車内の協力はすごかった

疾走するTraねこの前方の通路に置かれたじゃまな荷物は
動くに従って サーッと  どけられ
なんの障害物もなく一車両走り抜けられた

開かないドアまで Traねこのキャリーを運んでくれたおじさんの前を走り抜け・・・

無事 ホームに降り立った時
一緒に走ったイタリア人がつぶやいた・・・

「マンマ ミーア!(←あ、ホントに使ってる!こんな風に使うんだ

走り去る列車の窓越しに
手を合わせて謝る仕草をしているおじさんの姿が見えた    

   おじさん、案外 列車に慣れていなかったのね  (TωT)ノ~~~ バイバイ

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インテル・シティ(IC)

レジョナーレ(R)

じゅうぶんイタリア鉄道らしさを味わったTraねこたちだったが
お楽しみはまだまだ続く・・・

フィレンツェRIFR → キウィージ は
インテル・シティ(IC) という都市間を結ぶ急行列車

イタリア鉄道は列車指定の乗車券を購入するとき 同時に座席も指定する。

だから、自分の席がある8号車に行きたいのだが・・・

ない

フィレンツェRIFRのホームの 適当な位置で
高いステップから 「よいしょ!」と乗り込んだTraねこは

5・6・7号車を通り抜け 「さぁ 次だ!」 と思ったら・・・

次の車両は9号車 だった

「えっ?ない車両のチケットを売ったの?」

でも 進むしか道はないので 9号車のTraねこの座席番号に行き
チケットを見せると 先客は「ここは9号車で、ホラ、私達のチケットはこれよ」と言う。

「そうよね、たしかに・・・でも5→6→7号車と歩いてきたんだけれど
  7のつぎが9だったのよ 」

4人の若者グループ「 え~~ おかしいわね
             でもここは6人用のBOXシートだからここに座ったら?」

「ありがとう! ホントに同席させてもらってもいい?」

若者グループ 「どうぞ、どうぞ!」

乗車時間は短いし、これ以上車内をキョロキョロ歩くのもイヤだし、
検札が来たら「8号車はどこ?」 と聞けばいいから

Traねこは ここに居座ろうと決めた。(←本来 ってそんなもん)

すると・・・連れが「先の車両を確かめてくる」と言う。

  え~~?わざわざ遠くまで行くの?  ま、どうぞご勝手に

若者たちと イタリア鉄道の分からなさを肴に盛り上がって いると・・・
連れが戻ってきて「この先が8号車だった」と嬉しそうに言うではないか

それが分かってしまったら ここには居にくいじゃない

若者たちにお礼を言って 9号車の先の8号車に行くと・・・
9号車より混んでいてガヤガヤしている(←9号車に居ればよかった

イタリア語・フランス語が渦巻く車内で 本来の指定席に座り、 
列車は定刻にキウィージに着いた。

この日は 3本の列車に乗ったけれど
どれもタイクツしている暇のない、 期待に応えてくれるタノシイ 列車だった。




イタリア鉄道には 1・2・3・・・・・7・
・8号車の編成列車があります。
  乗車時にはお気を付けください

2011年11月12日 (土)

2011 イタリア秋旅(9) ヴェローナ

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ベネチアからミラノへ戻る途中 ヴェローナで途中下車した。

時間もあるし、ついでだし・・・くらいの感じで行ったのだが 意外といい町だった。
「ジュリエットの家」以外ね
      ↑
   あくまで Traねこの主観で、悪いというわけではなく・・・・

まずは 敬意を表して「ジュリエットの家」から・・・

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学生が写生をしている路地をすり抜け
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いい雰囲気のシニョーリ広場 ロメオの家 いくつか教会
寄り道しながら歩いて行く

町外れの高台に ローマ時代の遺跡・テアトロ ロマーノがある。

ここからのヴェローナの町の眺めが なかなかよい。
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ジュリエットの家と並ぶ この町の名所・アレーナほど
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大きくないし 手入れも行きとどいていないけれど
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傾きかけた日差しの中で なんだか落ち着くところだった 

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ミラノに向かう の時刻に合わせて
テアトロ・ロマーノを後にする。

ここからヴェローナの鉄道駅までは 歩いても行けるけれど
町を縦断するような位置関係だったので に乗ることにした。
ヴェローナカードを買ったので は乗り放題なのだ

でも、歩いて 戻るつもりだったので
バスルートを確認していなかった

何番の に どこから乗ればよいか、テアトロ・ロマーノの受付の人に聞いたところ
直通バスはなく 一回乗り換えねばならないとのこと

乗り換えバス停の名前も しっかり聞いて  バス停に向かった。

バス停に掲げられた路線図で確認 したら4つ目が乗り換えバス停のようだ。

はすぐに来た。

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発車すると・・・通過する停留所の表示が分かりにくく 停留所名を確認できない。

4つ目のバス停はすぐだった。
同じく降りようとしている若者に「ここは○○?」と何気なく確認すると・・・

「ちがう」と言う・・・エッ、確かに4つ目のバス停なのに・・・

彼はなにやら一生懸命勘定して
「そのバス停は ここから4つ目だ」と言う・・・

「4つ目?ここから4つ目ね」としつこく確認していると
そばにいた人が「5つ目よ」と自信ありげに口をはさんだ。

若者は「4つ目だからね」と言って降りていった。

そこからバスは小刻みに止まり 4つ目のバス停はすぐだった、が

乗り換え停留所の雰囲気ではない・・・

さすがに降りる気になれず
目の前の英語OKの雰囲気のおじさんに尋ねると

「英語はダメだからドイツ語で言え」と英語で答える・・・

あ~~!ジレッタイ!!

いつものように はじめから運転手に聞けばよかった・・・

運転手席は遠かったけれど
ドイツ語おじさんを無視して運転手席へ突進!

こういうときは やっぱり運転手だ!

「○○はまだ?○○に着いたら教えて」 と話しかけると

これまでの顛末を窺っていたらしく
満面の笑みと共に「OK,OK!まだ先だよ」(←早く俺に聞けよって感じ)

運転席から離れないTraねこに
「城に行くのか?」 「ここからはもうすぐだ!」 などと運転しながら話しかけ

一つ手前の停留所では

「次だからね、降りちゃ駄目だぜ」(←降りる気なんかないよ・・・)と ウインク
(←ゴキゲンだね、運転手クン ( ´,_ゝ`)ハイハイ )

そして、目的の停留所に着くと

「ここだよ、さぁ!どうぞ」みたいな雰囲気で
乗ってこようとする客を制して 降ろしてくれた。

その停留所はゼッタイに 4つ目 でも 5つ目でもなかった

そこはイロイロな路線がクロスする停留所のようで
頻繁に が到着しては人が乗り降りしてサッサと発車していく

ここから先は何番のバスに乗るのか聞いていなかったので
路線図で確認して 駅行きの に乗る。

今度は終点なので安心だ

乗りこんでホッとする間もなく すぐ 駅に着いた。

ヴェローナの人は親切だった  (._.)アリガト

でも、知らないこと までムリして教えてくれなくても いいんだからね

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2011年11月10日 (木)

2011 イタリア秋旅(8) ベネチア 表の顔

Pa100119                                  サンマルコ広場をふさぐ巨大客船

昼間のサンマルコ広場 と リアルト橋は いつも人で溢れかえっている

* サンマルコ広場

広場の入口から 徒歩4~5分のプチホテルに泊まったので
昼間の喧騒を避け おもに早朝と夜 行った  


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                             早朝  カフェ・フローリアンも まだ眠っている

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広場を横切ったある朝、発見・・・秋~冬のベネチア名物、アクアアルタ

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                      プチ アクアアルタ

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* ドゥカーレ宮
も オープンと同時に入り 団体さんの三歩 先を行く

  でも、ほどなく抜かれました。
  彼らの歩みは 速い速い

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* リアルト橋

昔のリアルト橋
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                   いまのリアルト橋
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* 朝のサンマルコ寺院 から

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世界的観光都市・ベネチアではあるけれど

人が溢れかえっているのは
サンマルコ広場周辺 と リアルト橋 と サンタルチア駅周辺 だけ。

そこを一歩外れれば

車に追いたてられることもなく
自分の 歩く 速度で その場を楽しめる
時間(とき)がゆっくり流れる快適な町だった。

2011年11月 9日 (水)

2011 イタリア秋旅(7) 夕景

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この風景のあと・・・Go

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   サルデ・イン・サオール(鰯) / バッテラ・マンテカート(干鱈とポレンタ)/ タコのマリネ

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絶品、イカ墨スパゲッティ(食べかけゴメン

 


そのほか ムール貝 /  etc
 ワインは ヴェネトの 白 をいただきました。  ごちそうさま

この店、評判通り 激美味(激ウマ)でした
ベネチア訪問時には お問い合わせください

2011年11月 7日 (月)

プチ ショック

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ウォン と 円

似ていると思いませんか?

このようにアップにすれば
Traねこも違いに気づくけれど

ほかのコインと混ぜて渡されたので(それも国内で)・・・・気付かなかった

500円が35円に化けてしまったのもショックだけれど

  韓国に行く予定はないので 実質0円だ~~

海外で いつも注意していることが
日本国内で こんなに身近に 起こるなんて ショック!

これが意図的な事なのか 渡した人も気づいていないのかは 不明だが

  これが問題だ・・・前者だったら 日本人の意識も
             程度の悪い外人並みってことか・・・

これからは国内でも
注意のアンテナは海外並みに高くして生活しようっと・・・

2011年11月 6日 (日)

秋色(4) JAPAN

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その繊細な色模様に息をのむ・・・・日本の紅葉

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ひと雨ごとに 秋が深まっていく

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2011年11月 4日 (金)

2011 イタリア秋旅(6) 始まり

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5世紀のころ フン族の襲来から逃れて
人々は葦が生えているだけのラグーン(潟)に移り住んだ。

その移住先の一つが トルチェロ島

海洋国家・ベネチアが始まった島でもある。

葦が茂った海辺と
ベネチア最古の教会へ続く未舗装の道 を想像していたが・・・違った

ブラノ島から船で5分もかからずに渡ったトルチェロ島は

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ベネチア本島と比べれば

ノンビリとした雰囲気の船着き場から上陸すると・・・


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整備された遊歩道が続き・・・

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その道は ベネチア最古の教会・バジリカ へ至る

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バジリカ 内部は 「NO PHOTO」  だったので写真はないが

床と壁は 華麗なモザイクで飾られ
往年の栄華の時を思い起こさせる。

そのスケールも迫力も大きく
いまのトルチェロ島とは不つり合いの感すらある。

一歩 外に出れば

周囲には遺跡からの出土品なども展示されているが
ノンビリした空気に包まれていた

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                                                                                  この先で道は行き止まり

ベネチア本島から
約10㎞ 離れたベネチア発祥の島は小さな島だった。

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帰り道、船着き場の時刻表に載っている は やってこなかった・・・

そんなこともあるさ・・・
もう、なにも驚かず次の船を待って 乗った。

2011年11月 3日 (木)

2011 イタリア秋旅(5) カラフル

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すべてが ・・・・ここは ブラノ島。

ベネチア本島の喧騒を避けて で50分

レース カラフルな家並み で有名なブラノ島を訪れた。

ブラノ島への船の時刻を確認しよう と
朝、ホテルで尋ねたら 「ブーノ」ではなく「 ラノ」 だと直された

たしかにその方が現地の人には通じやすかった



Pa110164                              は航路を示すに沿って疾走する

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この家は
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                                         塀も同色
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華やかな色合いのブラノ島から 次は・・・地味なトルチェロ島へ

2011年11月 2日 (水)

2011 イタリア秋旅(4) ベネチア本島を歩く

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ベネチアの町歩きには地図が役に立たない、とよく言われる

そんなことはない

大体の方向が頭に入っていれば
地図 と 建物の壁に貼られた表示 で迷わず歩ける

キレイに手が行きとどいた道々は
イタリアの町のイメージとははるかにかけ離れ

どんな小道に入っても 安心して歩くことができる

だから

急ぎのとき は 最短ルートで直行できるし

彷徨いたいとき

フト 心ひかれた道に入り

運河につき当たったり・・・ 思わぬところでお店や教会を発見したり・・・

Pa110159                                      朝だけ開いていたサカナ屋

Pa100090                                               ゴンドラたまり場

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Pa110157                                こんな教会があっちにも こっちにも・・・・

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Pa120279                                                                      ルート確認中・・・どっちも真剣

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Pa120274                                             ゴンドラ造船所

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このあと行ったモンテプルチャーノの町とは大違いで
全く平坦だから 歩き易いこと この上ない

ヴァポレット での移動も それはそれでいいけれど

小さい橋を何個も渡って

バカーロ(立ち飲み居酒屋)で
チケーティ(おつまみ)を2~3個つまみながらオススメ を一杯飲んで

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ゴンドラを上から眺めながら また彷徨う小道歩き ・・・・オススメです

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