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2011年11月23日 (水)

2011 イタリア秋旅(13) チヴィタ

 

Pa181046_2                     チヴィタ・ディ・バニョレージョ (Civita di Bagnoregio)

“天空の○○”好きなTraねこは この景観を見てみたかった

でも モンテプルチャーノからはちょっと距離がありそうだなぁ

地図で見ると、ローマからの方が近いし・・・
今回はムリかな、と思っていた。

しかし、この辺の時刻表を調べるうちに
朝早くモンテプルチャーノを出発すれば行けるかもしれない! と思うようになった。

で、まだ 暗いうちに

Pa180871
モンテプルチャーノを 出発して
Pa180873
行ってきた。

そして見た
Pa181043_2

いままで こんな姿の村は見たことがない

  ギリシヤのメテオラも 切り立った岩山の上に建物が建っていたけれど
  あれは修道院であって 村ではない。

  それに、ここは頑丈な岩山でもない。




チヴィタ・ディ・バニョレージョに行く拠点は オルヴィエート。

夜明けとともに出発すれば
オルヴィエートには朝のうちに着くことができるけれど
ここからチヴィタ往復のバスの便がとても悪い。

ヘタをすると その日のうちにモンテプルチャーノに帰れず
オルヴィエート泊まりになってしまう

それはそれでいいプランでもあるけれど
今回の旅程では ちょっとまずい・・・

そこで今回は 時間をお金で買うことにして
オルヴィエートからチヴィタ往復の個人ガイドをお願いした。

彼女はチヴィタ出身・オルヴィエート在住で
実家は今もチヴィタにあるという。

イタリア語と英語オンリーのガイドさんなので
どこまで意思の疎通が図れるか・・・気まずい沈黙だけはしたくない
                             

朝のうちに Traねこオリジナルコース でオルヴィエートを軽く歩いた後 

ガイドさんと待ち合わせ チヴィタへ向かう

☆ 以下、「・・・・」のところは
  彼女の英語での話をTraねこの力(ヒアリング力)で意訳したものなので
  正確かどうかは・・・・自信ありません

この地方の土地は トゥーフォ(tufo) という崩れやすい凝灰岩から成り
チヴィタの大地も 今も風化・崩壊が進んでいる。

紀元前、エトルリア人がここに造った町は
こんな「天空の町」ではなかったはずだ、

その時代 ここは交易路の拠点だったというのだから

広大な渓谷の中に 孤立してそびえ立つチヴィタは
長い橋(300m)でバニョレージョの町 と結ばれている。
Pa181051

この橋が唯一の村の出入り口で
車はこの橋のバニョレージョ側でSTOP

現在の橋以前には 木造の橋の時代があったけれど
その橋は第二次世界大戦で壊され
町は本当に陸の孤島となってしまい

病院も学校もなくなり 子供を持つ家庭の多くは
町を離れざるを得なくなったそうだ

町は少しずつ小さくなり 住む人も減っていった
彼女のお父さんも子供の教育のため 町を離れたそうな・・・

  そのお父さんは今ではチヴィタに戻り 「チヴィタの昔の生活ミュージアム」をやっており
  長兄はオリーブオイルを造っていた。
  バニョレージョの町にはおばあちゃんの家があり
  この地域は彼女の庭みたいなもののようだ。

  彼女の話は自分史の部分もあり、
  彼女がときに浮かべる表情は
  チヴィタの現状を正直に表しているようにも見えた。

  それはTraねこには 全然不快なものではなかった。

1990年代に入り チヴィタの特異な立地状況が注目を集めるようになると
観光客が訪れるようになった。

芸術家たちの村おこし的活動もあり
一度は村を出た住民たちの一部が戻ってきたりもした。

現在の村の中は いまにも崩れ落ちそうな外観とは違って

中心には予想していたより立派な教会と広場があり
Pa180994

きれいに整備された道の両側には
手入れのいきとどいた石造りの家が並び、平和な中世の村の雰囲気。
Pa181023

メインストリートを歩いていると
民家の庭先まで迫った切り立った崖を見る事はできず

こんな断崖絶壁の上の村に居るとは思えない。

しかし、ガイドさんの実家の庭のとっ先まで入れてもらうと
崖ギリギリのところまで生活空間が広がっていることがよく分かった。
Pa181009
どこへ続くのか知らないけれど
村から下に向かって延びている道を発見

村にはB&Bもあったし

こんどはここに泊まって この辺りを歩いてみたら
また違う風景に出会えるだろう。

チヴィタの周囲の渓谷を見回すと
Pa181058

他にも 切り立った崖の上に町(村?)があり
今にも崩れそうな崖の様子から

“危機的状況なのは チヴィタだけではないな?” と感じた。

帰りの列車の時刻を 気にする彼女だったが

自己責任で滞在時間を延ばし
次の列車に間に合うようオルヴィエートの駅まで送ってもらった。

Pa181062

会いたかった町と会えた満足感を感じながら・・・
列車からの夕方風景をボーっと眺めながら・・・

キウィージの駅に着いたTraねこを 次なる運命が待っていた

 

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コメント

>チヴィタ

と聞いて何故か「おでん」を思い出してしまった。

(このブログへのコメントを書くときは、最初に読んだときに頭に浮かんだ言葉をそのまま綴っています。   だから変なコメントは許してね

私はこの村を知らなかったけど、知っていたら万難を排して行こうと思うでしょう

「自己責任」で滞在時間を延ばしたのね・・・
Tra一行なのだから、このまま終わるはずないと思っていたけど・・・
なにやら、楽しいアクシデントの予感が・・・

> ボチェッリファン さん
>何故か「おでん」を思い出してしまった。
「チヴィタ→チビ太→おでん」でしょ?
日本人としては ごくフツウの連想デス

>なにやら、楽しいアクシデントの予感が・・・
ゴ、ゴメン・・・ややこしい展開でアップして。
このあと、例の「疾走バス」につながるの・・・
もう あれ以上の「楽しいアクシデント」は要りません

>1~2時間のバス待ちは覚悟してまで
>帰りの予定列車に乗らず滞在時間を延ばした町とは・・・

そうだ、この続きだったのよね。
大変失礼いたしました。

バスの目的地が駅だったのではなく、駅から目的地へ向かったのね。

地図が見たいよ~

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